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「送還忌避者」に対する暴力的送還 ——— アフリカ出身の男性に対する入国警備官の暴行動画に説明~その1

 弁護士 大橋 毅
 

動画の公開

 入管の入国警備官が、アフリカ系男性(A氏とします。)に暴行をする映像を、公開しました。7日午後2時時点で190万回視聴された媒体もあるようです。
https://twitter.com/ToshihikoOgata/status/1665746115046653954

送還されるプロセスの映像

 入国警備官は、何のために暴行をしているのでしょうか。
  どんな状況なのか説明をしておくと、茨城県にある東日本入国管理センターに収容されていた難民認定申請者A氏が、2019年12月23日、強制送還のために成田空港に連れてこられ、空港内の入管施設で午後いっぱい、搭乗時刻まで待たされていたときのできごとです。
 動画の最後に、A氏は飛行機に乗せられましたが、「帰らない」「帰れば死ぬ」と訴え続け、機長の判断で飛行機から降ろされて、収容所に戻されました。
 そして、この暴行などについて、国家賠償請求の裁判を起こしました。一審では、訴えの一部が認められましたが、暴行を違法とは判断してくれず、控訴中です。
 

なぜ暴力が振るわれたか

 A氏は、一切暴れていません。
 例えば、椅子に座らされたAさんが、右にいる入国警備官の顔を見たところ、後ろ手に手錠をされた両腕を無理に持ち上げる関節技が行われ、A氏は悶絶します。
 この場面について一審判決は、「原告は、「帰らない」などと送還を拒絶する発言を繰り返しつつ、右に首を曲げ後ろを気にするそぶりをみせた。このこと自体は、原告及び原告に対応する入国警備官の受傷の具体的な危険性のある行為とはいえない」として、A氏が暴れるなど危険な行為をしていなかったことを認めています。
  後ろ手を無理に持ち上げる関節技が行われた理由について、一審判決は、
 ①「一回目の持ち上げ行為が終了した後も、送還を拒絶する発言をしたことから強固な抵抗意思を保持していたこと」
 ②「原告は、待機室において長椅子に座った後、断続的に全身に力を入れるなどの抵抗を続けたこと」
 ③「実際に、後記ウ以下で説示するとおり原告はその後も強い抵抗を繰り返したこと」
を理由に挙げています。
 入国警備官も「力入れるでしょう、帰らないっていうでしょう、全部悪いことだよ」という発言をしていて、①②に合っています。
 なお、一審判決は、①②③を理由に暴行をすることを、違法でないとして、入管の行為を許してしまっています。とても了解できません。
 「原告は、待機室において長椅子に座った後、「断続的に全身に力を入れるなどの抵抗」とありますが、全身に力を入れたことは、動画を見ても確認できません。仮に体の一部に力を入れたことがあったとしても、体を動かさないままなので、危険がありません。
 また「実際に、後記ウ以下で説示するとおり原告はその後も強い抵抗を繰り返した」は、未だその時点で根拠のないことを理由に暴行をするのですから、問題があります。また、そもそも、判決のウの項で書かれているA氏の動きは、苦痛を与えられてもがいて腰を浮かせただけであり、抵抗ではありません。
 一審判決が、このような不合理な判示をした理由は、分かりません。ただ、一審の3人の裁判官のうち右陪席という立場の人は、平成26年から29年まで、法務省に出向していた経験のある(いわゆる「判検交流」)人であるようです。入管法改定の審議を前にしていた時期の判決であり、裁判所の中立公正性への信頼が損なわれると思います

送還を拒絶する意思への暴行
 最大の問題は、①の「送還を拒絶する発言をしたこと」で暴力を行うことです。
 デニズ氏の名で知られるクルド人難民の、東京地裁令和元年(ワ)第21824号国家賠償請求事件は、東日本入国管理センターに収容されていたデニズ氏が、入国警備官に暴行を受けたことなどを主張した国家賠償請求事件です。その暴行の一部にも、「後ろ手に手錠をされ、かつ、入国警備官が多数いる中で、両手を後ろで組み、それを上に上げるようにして苦痛を与える行為」などがあり、デニズ氏の訴訟の一審判決は、これらを違法としました。判決は、「抵抗をしていない。防声のために有形力行使することは、目的のため合理的な行為とはいいがたい」と述べています。
   https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000063
 身体の動きとして何も示されていないにもかかわらず、内心の抵抗意思だけを理由にして苦痛を与えるということは、違法です。

「送還忌避者」への拷問

 さらに、帰らないと言い続けることを理由に暴行することは、拷問にあたると考えます。
 憲法36条は、拷問を絶対に禁止します。
 また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(「自由権規約」)7条も、拷問を禁止します。
 「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約」(「拷問等禁止条約」)は、拷問の定義を示していて、その中で「人に重い苦痛を故意に与える行為であって、脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として、かつ公務員その他の公的資格で行動する者により行われるもの」は拷問としています。
 「帰国しない」という、送還を忌避する意思を失わせるために、重い苦痛を与えることは、拷問であり、許されないのです。

入管法改悪で送還停止効が制限されたら

 今回の入管法改定案では、難民認定申請者を含む「送還忌避者」を抑圧することが主目的となっています。
 難民認定申請をしていればその間は送還が停止される「送還停止効」が、現行法にはありますが、入管法改定によって、2回不認定処分を受けてしまうと、効力を打ち切られ、送還執行ができるようになります。
 しかし、今の、難民として保護される人が申請者の1%程度という制度のもとでは、申請者の99%が最終的には送還対象となるわけで、帰国後のことを真剣に恐れる人たちも送還されてしまいます。
 A氏が送還を忌避する意思を示していたために、入国警備官がA氏に暴行をしたとすれば、2回不認定処分を受けて、なお送還を忌避する人たちは、その意思を抑圧する目的で、激しい暴力すら、受けることになるでしょう。
 A氏が受けた暴行を許容してしまった一審判決は、つまりそのような暴行の横行を、容認してしまうようなものなのです。