弁護士 大橋 毅
800人の仮放免中の逃亡者増が監理措置の裏付けにされた
監理措置について、「この法案が成立していた場合、令和4年度末時点における仮放免後の逃亡者は約1,400人、速報値となっておりますが、監理措置制度があれば逃亡者を減らすことができたのではないかということについてお伺いさせていただきます」という質問に対して、出入国管理庁西山次長は「これもまた仮定のご質問でございますので、なかなかお答えは困難ではございますが、本法案では、前回提出法案と同様、監理人の監理の下で、逃亡等を防止しながら、収容をせずに退去強制手続を進める監理措置を創設し、監理人による指導監督などの監理の仕組みなどを規定すると共に、監理措置または仮放免中の逃亡等の行為に対する罰則を設けることにより、退去強制手続中に収容されていない者の逃亡等を防止することとしております。したがいまして、この制度の下では、ご指摘の現状を改善することができるというふうに考えております。」と説明されています(衆議院法務委員会令和5年4月18日)
また、「現行の仮放免制度というのは、制度上、逃亡を防止する手立てが講じられていないというのは一つの原因でございます。」(同月19日)という政府答弁もされています。
入管庁のHPの法案資料「現行入管法の課題」によれば、仮放免中の逃亡者が、令和4年の1年間で、599人から約1,400人に、約800人急増しているとのことです。
また、「現行の仮放免制度というのは、制度上、逃亡を防止する手立てが講じられていないというのは一つの原因でございます。」(同月19日)という政府答弁もされています。
入管庁のHPの法案資料「現行入管法の課題」によれば、仮放免中の逃亡者が、令和4年の1年間で、599人から約1,400人に、約800人急増しているとのことです。
これは、仮放免制度の欠陥によるものなのでしょうか?
実は、令和3年から同4年にかけて、非正規滞在者について特別な事態が起きていて、その影響で逃亡者が急増しています。
令和4年12月末時点で、ベトナム国籍の「送還忌避者」が497人いて、その9割にあたる455人が、仮放免逃亡者になっています(前者は移住連調べ。後者は参議院法務委員会3月17日出入国管理庁西山次長答弁)。つまり、令和4年に約800人も増加したとされる仮放免逃亡者の、半数以上が、ベトナム国籍で占められています。もちろん、仮放免逃亡者の国籍別第1位になっています。第2位はタイ(220人)で、タイ国籍も、突然急増しています。
ベトナム国籍のオーバーステイ人数の急激な減少
入管庁が「不法残留者」と呼ぶ、オーバーステイ、つまり入管庁から許可された在留期間を超えて日本に在留する人たちは、コロナ禍前の2020年1月1日総数82,892人、うちベトナム国籍が最も多く15,561人(前年比39.8%増)、またタイ国籍が8,872人(前年比18.6%増)でした。2021年1月1日時点でオーバーステイの総数82,868人、やはりベトナム国籍が最も多く15,689人、タイ国籍が4位で8,691人でした。
ベトナム国籍のオーバーステイの人たちは、多くが、技能実習生として来日し、受け入れ先からいなくなった人たちと思われます。
近年、ベトナム国籍者の人数が急増していて、令和5年現在約48万人、国籍別で第2位になっています。ほとんどが、技能実習生と留学生です。
技能実習制度については、多くの問題点が指摘されていて、米国国務省からは奴隷労働のおそれさえ指摘されているため、問題のある受入れ先からいなくなる人が少なくないのです。それでも、48万人に対する15,689人は3%にすぎません。
さて、上記のオーバーステイ人数に、2022年大きな動きがあります。2022年1月1日時点でオーバーステイ総数66,759人に減少し、ベトナム国籍が第4位の7,716人と急減しました。
2023年1月1日時点では、総数70,491人、うちベトナム国籍が再度増加して1位、13,708人となっています。(各年における「本邦における不法残留者の推移について」)
ベトナム国籍のオーバーステイ9,000人以上の出頭と、約8割の在留許可
2022年にオーバーステイ人数が急減した理由は、入管庁「現行入管法の課題」と、出入国管理統計における国籍別統計によって推定できます。近年、年あたり2,000件程度だった、退去強制手続における異議申し立て件数が、令和3年、突然9,697件に急増します。そのほとんどがベトナム国籍だったことが、同年の収容令書発付総数13,783件のうちベトナム国籍者が9,209人だったことから推定できます。これは、新型コロナウイルス禍を契機として在留資格を与える可能性があることを示唆した出頭の呼びかけが行われ、その情報が、ベトナム国籍者を中心に周知されたことによると思われます。
そして、9,697件の異議申立件数のうち、9割を超える8,793人に、在留特別許可がされます。ベトナム国籍に限った在留特別許可数の統計はありませんが、ベトナム国籍者への退令発付数が2,120件に過ぎないことからすると、8割近くが在留許可を受けたようです。
ベトナム国籍の「送還忌避者」の急増
このように、分母が急に膨張したことで、割合としては大きくなくても、在留特別許可を期待しても受けられなかった人たちも増加します。すなわち、令和4年末におけるベトナム国籍の「送還忌避者」数は497人に急増します(移住連調べ)。令和2年12月末時点では、ベトナム国籍は、「送還忌避者」の国籍別内訳で10位にも入っていませんでした(「現行入管法の問題点」5頁)入管庁は、令和3年末における「送還忌避者」数を3,224人、令和4年末における「送還忌避者」数を4,233人と発表していて、令和4年中に、約1,000人増えています。
「送還忌避者」は、累積するだけでなく、難民認定や在留許可を受けたり、あるいは送還されることで減少するので、プラスマイナスで約1,000人ですが、1,000人強がプラスになったことは間違いないでしょう。
そのうち497人近くがベトナム国籍ということになります。他に、タイ国籍の仮放免中逃亡者が220人に増えたらしいので、これに近い人数の「送還忌避者」が増えたのでしょう。さらに、トルコ国籍の「送還忌避者」が426人から669人に243人増えていますので、1,000人強の内訳のほとんどが分かります。
このように、「送還忌避者」増の半分は、ベトナム国籍だったようです。
令和3年に在留特別許可されなかった人たちの不許可理由
送還忌避者の中の前科のある人の人数は、令和3年末で3,224人中1,133人、令和4年末で4,223人中1,626人(衆議院法務委R5.4.25・28頁)とのことで、分母が約1,000人増えたのに対して前科のある人が約500人増えていますす。前述の、トルコ国籍の送還忌避者約250人の増加は、映画の題名にちなんで「マイスモールランド型」とでも呼ぶべき、従来は在留資格があったのに、難民不認定とされて在留資格の更新を不許可とされた人たちがほとんどです。彼らは、在留資格があったので、原則として前科がありません。
そうすると、主としてベトナム国籍の送還忌避者500人近くの増加分が、前科を有していたと考えられます。そのために在留特別許可を受けられなかったのではないかと推測されます。
ベトナム国籍の仮放免逃亡者の急増
ベトナム国籍の仮放免逃亡者の急増そして、ベトナム国籍「送還忌避者」497人の9割にあたる455人が、仮放免逃亡者になっています。
つまり、令和4年に約800人も増加したとされる仮放免逃亡者の、半数以上が、ベトナム国籍で占められています。令和2年12月末の、全ての国籍の仮放免逃亡者総数(つまり過去10年以上の逃亡者の累積数)が412人、同3年12月末の総数が599人だったことと比べると、ベトナム国籍だけで455人という数字がどれだけ多いかが判ると思います。
彼らが仮放免許可された時、保証人や保証金はあったのでしょうか。1年間で497人を超える仮放免者が生じたときに、これに対応する保証人や保証金納付があったとは考えられず、ほとんどが、保証人も保証金もなく、居住場所の確認もないまま、入管庁の職権によって仮放免されたのではないかと推測されます。そうであれば、逃亡が急増して当然ではないかと思います。
つまり、仮放免制度の問題点ではなく、入管庁が行った特別な措置によって、令和4年だけ、分母となる被退令仮放免が急増し、さらに仮放免に保証金も住居確認もなかったため逃亡が急増したと考えられます。
以上のとおり、約800人の逃亡者増は、9,000人超のベトナム国籍のオーバーステイの動向からこぼれた、ほんの一部です。
ベトナム国籍の来日外国人数が現在約48万人、その大きな分母の動向に、この数年の入管統計数値が大きく左右されています。分母が大きいので、多少の割合の動向が、数百人、数千人の変化を結果してしまうのです。455人の仮放免逃亡者は、48万人の0.1%にもなりません。これを、従来の難民認定申請者らと区別せずに合算するのでは、実態を把握できなくなります。
難民認定申請者の逃亡は増えていない
ベトナム国籍者の難民認定申請者は、令和2~4年に国籍別26位以下、10人以下(正確な人数不明)です。つまり、上記のベトナム国籍「送還忌避者」に、難民認定申請者はほとんどいません。
もともと、複数回難民認定申請を繰り返している人たちに、逃亡が多いかどうかを見ると、とても少ないのです。複数回難民認定申請を繰り返している国籍の上位2か国であるトルコ、ミャンマー(現時点では多くが在留許可)についてみても、逃亡率は低いのです。
令和5年4月28日の衆議院法務委員会質疑で、前科を有する仮放免者の逃亡事案等から、送還停止効に制限を設けることが妥当だという発言がありますが、根拠がありません。令和4年の逃亡者数をもって、複数回申請をする難民認定申請者に対して厳しい措置を講じる理由には、なりえないのです。
もともと、複数回難民認定申請を繰り返している人たちに、逃亡が多いかどうかを見ると、とても少ないのです。複数回難民認定申請を繰り返している国籍の上位2か国であるトルコ、ミャンマー(現時点では多くが在留許可)についてみても、逃亡率は低いのです。
令和5年4月28日の衆議院法務委員会質疑で、前科を有する仮放免者の逃亡事案等から、送還停止効に制限を設けることが妥当だという発言がありますが、根拠がありません。令和4年の逃亡者数をもって、複数回申請をする難民認定申請者に対して厳しい措置を講じる理由には、なりえないのです。
送還停止効の解除が、真の難民に逃亡を迫る
真摯に救済を求めて複数回難民認定申請をしていた人たちが、送還の危険に追い詰められること、そのことの方がよほど、逃亡の可能性を高めるのではないかと思います。歪んだ制度が、歪んだ結果をもたらすでしょう。監理措置は逃亡を防止しない
他方で、いったい、監理措置になると逃亡防止の効果があるという根拠があるのでしょうか。仮放免の保証人も、監理措置の監理人も、本人と同居している人がなるのでない限り、ずっと監督できるわけでないので、逃亡を防ぐような機能はほとんどないと思います。2023/5/25