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「送還忌避者」は「不法残留で摘発された犯罪者」か

弁護士 大橋 毅
 
出入国在留管理庁(以下「入管庁」)が、2021年12月に、「現行入管法上の問題点」という資料を発表しています。 入管庁が、一昨年の通常国会に提出され廃案となった法案とほぼ同内容の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)改正法案を、再提出して成立を目指して、そのために作成した資料です。
 その資料で、次のように述べられています。
「不法残留等により摘発等された外国人の多くは、・・・国外に退去しているが、中には退去強制令書が発付された(行政上の退去強制手続が確定した)にもかかわらず退去を拒む外国人(送還忌避者)が存在する」
  「不法残留自体が制度上、大きな問題」「入管法第70条では、不法残留自体が犯罪とされている」と述べられています。
 これを読んだ人は、「送還忌避者は不法残留という犯罪で摘発された人」のように受け取るでしょうが、それは正しくありません。
 なお、入管法の条文に「不法残留」という言葉はありません。在留資格のない外国人についての条文上の用語として、「在留資格未取得外国人」(入管法61条の2の2第1項)という、オーバーステイ、不法入国、後述の入管法24条5号の2該当者などの総称があります。「不法残留」は、在留資格の期間を超えて残留する場合、つまりオーバーステイのことと思われます。


1 「送還忌避者」のかなりの人数は、処罰対象でない

  入管法70条が、オーバーステイなどに対する処罰を定めていることはそのとおりです。
  しかし、入管法によって収容され、送還される対象が、処罰対象とは限りません。
    難民として庇護を求める人が、日本の空港に着いて短期滞在の申請したとき、入管が、「この人は短期で帰らず難民申請をするつもりだな」と判断すると、上陸を拒否され、とんぼ返りで帰国することを命じられます(退去命令)。退去命令に従わないと、退去強制事由(入管法24条第5号の2)に当たり、収容され、送還される恐れがあります。
    多くの難民認定申請者が、入管法24条5号の2該当、つまり命令不服従が理由で退去強制令書を受けています。彼らは、法令違反でもなく、処罰対象ではありません。彼らが仮に就労しても、不法就労(入管法24条3号の4に定義があります。)にも当たりません。
  では、「送還忌避者」のうち何人がこれにあたるかというと、入管庁はその統計がないと回答しています(福島みずほ議員2021年2月18日法務省出入国在留管理庁宛資料請求の回答2)。
    2019年の1年間で、入管法24条5号の2に当たるとして76人に退去強制令書が発付されており、そのうち44人がトルコ国籍です(「e-Stat統計で見る日本」の出入国管理統計「入国審査・在留資格審査・退去強制手続等」の年次統計19-00-43)。10年以上の間に累積した人数は、何百人にもなっていると推測できます。
    このように、「送還忌避者」のかなりの割合が、処罰対象でない人たちです。


2 オーバーステイは犯罪でなく行政上の義務違反

  オーバーステイについては、確かに入管法70条が処罰の対象にしています。
  しかし、入管法の処罰規定は、「行政刑罰」といわれるものに属します。行政刑罰は、「行政上の義務違反に対する制裁」であることが伝統的な考え方です。
  行政上の義務違反に対する制裁は「行政罰」と呼ばれていて、過料等も含まれます。「行政罰」のうちの一つの方法として、刑罰法規が借用されているのが行政刑罰といえます。
  刑罰の対象となる行政上の義務違反は、刑法上の犯罪である刑法犯と区別されて、「行政犯」と呼ばれています。(宇賀克也「行政法概説Ⅰ 第7版」267頁等)
  刑法が単に「○○をした者は懲役○年に処す。」とあるのと違って、まず入管法で「○○をしてはならない。」という義務が定められた上で、別の条文で「○○条に違反した者は懲役○年に処す。」と定められており、刑法犯は国家の禁止・命令を待つまでもなくその行為自身に社会的罪悪性を持つものと認識され、反道徳性・犯罪性に対し制裁が加えられるのに対し、行政刑罰は行政上の目的のための国家の命令に違反するために科せられる制裁と説明されています。
  この考え方によれば、オーバーステイは行政上の義務違反ではあっても、犯罪ではありません。
  ただし、上記の、行政刑罰と犯罪への刑罰との区別が可能だという伝統的な考え方のほかに、両者に流動性があるという学説があるようです。日本の法律では、一般に犯罪と思われていることの多くが、刑法に定められず行政刑罰の対象にしかなっていません。その実態を踏まえて、行政刑罰と犯罪への刑罰の区別は流動性がある、という見解が出ていると思われます。この考え方は、要するに社会通念が犯罪とするなら行政刑罰の対象も犯罪であるとするようです(杉村章三郞他編「精解 行政法」312頁以下)。
  しかし、罪刑法定主義は、罪の範囲も法律で定めることにしているはずで、流動化の実態で建前を崩すべきでなく、社会通念に委ねるべきでないと思います。

3 オーバーステイは犯罪とみなされるべきでない

  では、オーバーステイは、そもそも犯罪とされるべきものなのでしょうか。
  国内社会の伝統的考え方がない分野と思うので、国際的な常識を探してみましょう。
  国連・専門恣意的拘禁に関する作業部会「移住者の自由の剥奪に関する改定審議結果第5号」は、次のように述べています。
https://www.ohchr.org/Documents/Issues/Detention/RevisedDeliberation_AdvanceEditedVersion.pdf
  「移住者による不法入国および不法滞在は犯罪行為とみなされるべきではない。よって非正規の移住を犯罪行為と見なすことは、自国の領土を保護し非正規移住者の流入を規制するに際して国に認められる正当な利益として許容される限度を超える。移住者を犯罪者と認定し、または犯罪者として扱うことはあってはならない。」としていて、犯罪とすべきでないとしています。
  また、「安全で秩序ある正規移住のためのグローバルコンパクト」という合意文書が、国連総会で採択されていて、日本も賛成しています。この文書の27パラグラフF項は、「非正規入国及び滞在を行政違反と扱うべく、関連する法及び規制を見直し、改定すること」(仮訳)を求めており、やはり非正規滞在を犯罪とすべきでないことを示しています。
  このグローバル・コンパクトを後押しするための「国連人権高等弁務官事務所の公開書簡」という文書もあり、
  https://www.ohchr.org/sites/default/files/Documents/Issues/Migration/GlobalCompactMigration/OpenLetterGlobalCompactMigration.pdf
  「グローバル・コンパクトは、国境を越えた移動を犯罪とする政策を見直し、修正すること、・・・を緊急に実行することを各国に約束すべきである。」としています。
  このように、非正規な滞在を非犯罪化することが、国際的な基準となっています。


4 実態としてほとんど処罰されない

  現在の検察庁の運用では、オーバーステイだけでは原則として起訴されていません。逮捕することがあっても、勾留請求も起訴もせずに入管に渡されています。
  行政犯については、刑罰以外の制裁を受けた者については起訴しなくても社会通念上正義の観念に反しない場合があるので、制度的に、行政犯の非刑罰的処理の仕組みを設け、これに応じない者のみを選別して起訴することが考えられ、このような非刑罰的処理(ダイバージョン)を制度化した例として、間接国税・関税等に関する通告処分と、道路交通法上の反則金制度がある、と説明されています(宇賀克也「行政法概説Ⅰ 第7版」269頁)。
  単純なオーバーステイは起訴されないことが実務慣行となっていることは、実態としての非刑罰的処理と思われます。


5 入管がオーバーステイを作っている

  さらに、オーバーステイ状態になったことの責任を、本人に問えない場合もあります。
  入管庁の、「難民制度の運用見直し」という2015年以降の方針に基づいて、オーバーステイを生んでいる場合が増えています。在留資格を持っている難民認定申請者が、難民不認定と審査請求棄却決定を受けると、2回目の申請をしても、また裁判をしても、在留資格が更新されないのです。そのため、ここ数年、2回目の難民認定申請時や申請中に在留資格を失ってオーバーステイにされる人が続出していて、何百人もの数になっています。
(全難連 「法務省「難民認定制度の運用の更なる見直し後の状況について」に対する抗議声明」(http://www.jlnr.jp/statements/2018/jlnr_statement_20181010_j_final.pdf
 参照)
  中には、難民の子供で、在留資格を持って日本で就学してきた中学生、高校生が、在留資格を失わされた例もあります。その様子が、最近の映画「マイスモールランド」で描かれています。
  このような人たちは、検挙されたのでないどころか、自らオーバーステイになる気はなかったし、その日に自分がオーバーステイになるとも予期していなかったのがほとんどです。故意がない以上、処罰することはできないでしょう。


6 「送還忌避者は摘発された不法残留者で犯罪者」という偏見の助長

    このように、入管庁が「送還忌避者」と呼ぶ人たちは、処罰対象とは限らないし、オーバーステイを犯罪と呼ぶことに問題があるし、オーバーステイ状態の場合でも処罰されるとも限りません。
  「送還忌避者」を摘発された犯罪者で処罰対象であるかのように描く入管庁の資料は偽りを書いて、偏見を助長しています。